Tranoï Tokyo September 2026

Editorial Content
JOURNAL

TRANOÏ TOKYOは、単なるファッションイベントではありません。
その枠組みを飛び越え、ファッションを軸に、アート、音楽、カルチャーなど、多様な表現や視点が交差する場所です。

JOURNALは、そうしたTRANOÏ TOKYOを取り巻く人々の声や視点を記録するエディトリアルコンテンツです。

出展ブランド、バイヤー、クリエイター、業界関係者に焦点を当て、
東京で開催される国際的なトレードショーとしての現在地、そしてこれからの可能性を見つめるコンテンツを発信します。

会期ごとに生まれる出来事や出会いを、人々の声や対話を通して継続的に紐解き、記録していく。
JOURNALは、クリエイションとカルチャーの変化や広がりを、読者と共に追い続けるための軌跡です。

Volume 1
栗野宏文が語る、TRANOÏ TOKYOの現在地と未来への展望

Interview & Text: Hiroya Ishikawa

Photo: Ko Tsuchiya
1998年にパリで初めて開催されたTRANOÏは、パリ・ファッションウィークで唯一の公式合同展示会として業界では誰もが知るほどの存在だ。2024年9月にはアジア地域で初めてとなるTRANOÏ TOKYOがローンチ。5回目を数える2026年9月の開催では、フランス、イタリア、韓国、台湾、ジョージア、シンガポールなど約20の国と地域から、およそ200ブランドが出展予定となっている。

国際的な展示会TRANOÏ TOKYOは、日本のファッション界にどのような影響を与え、さらにこれからどのような変化をもたらすのか?

TRANOÏの初開催から足を運び、TRANOÏ TOKYOに至ってはすべての回に来場しているUNITED ARROWS上級顧問クリエイティブディレクション担当の栗野宏文氏に、TRANOÏ TOKYOの現状と今後の展望について、独自の視点からお話を伺った。

ーTRANOÏには、本国パリでの初開催の時から訪れていると伺いました。TRANOÏに関してどのような印象をお持ちですか?
TRANOÏ以前の展示会は、総合的にいろいろなものが揃っていることが一般的でしたが、TRANOÏは特に優れたクリエイティブを有するブランドやデザイナー、ファクトリーだけを厳選して扱っていると感じました。初開催の時はパリのマルチレベルストア、日本流に言えばセレクトショップとして有名なLECLAIREURの創設者であるArmand Hadidaさんが運営に関わっていて、その雰囲気を強く感じましたね。あれもある、これもあるみたいな感じではなく、クリエイションにこだわるという明確な打ち出しがあって、とても斬新な印象だったことを覚えています。

ー初回以降もTRANOÏに何度も足を運ばれてきた中で、特に印象に残っていることはどのようなことでしょうか?
例えば、スタッフのみなさんがBergfabelのデザイナーであるKlaus Plankさんのお兄さんがデザインした帽子を被っていたり、会場の音楽も、単にキャッチーさを狙ったものではなく、本当の音楽好きがちゃんとディレクションしたと感じられる楽曲が流れていたり。例えば、UNITED ARROWSがショップを運営する時は、スタッフの服装やディスプレイ、流れる音楽までをトータルでディレクションしますが、それと同じように、細かい部分にまでディレクションが行き届いていると感じました。ちなみにBergfabelはUNITED ARROWS(District)でも、まだあまり知られていない頃から10年以上にわたって扱わせていただきましたが、そのきっかけはTRANOÏでした。

ー世界の展示会の中でも特別な存在感を放つTRANOÏが、2024年9月に初めて東京で開催されました。どのように感じましたか?
初めてその話を伺った時に、パリのTRANOÏのように独自性が出せるのか、ビジネス的にうまくいくのかなど、正直心配だったんです。でも、いざ始まってみたら、会場となったベルサール渋谷ファーストの広々としたスペースに入りきらないほど多くの人が集まり、自分が懸念していたことは杞憂に終わりました。

ーどうしてそれほど多くの人を集めることができたのでしょうか?
僕はコロナ禍が明けたらすぐに海外に出かけていましたが、日本のバイヤーの多くはコロナ禍以降、国内にとどまっていることが多く、海外のブランドと出会うチャンスも、世界の最新の動向をチェックする機会も少なかった。バイヤーにとっては、久しぶりに多様な海外ブランドに出会えるチャンスになったからこそ、TRANOÏ TOKYOに多くの人が訪れたのではないかと思います。

ー出展者についてはどう思われましたか?
例えば、TECLORという日本のブランドがあるのですが、ここの服作りがより洗練され、世界レベルに達していると感じるなど、コロナ禍で海外との交流が途絶えている間に、全体的に日本のものづくりが進化を遂げていることを実感しました。また、服だけではなく、ライフスタイル系やアクセサリー系のブランドもきちんとあったことも印象に残っています。パリも同様ですが、おそらくコロナ禍中にみなさん、家のことを気にするようになったことが理由だと思います。食器やベッド周りのもの、オーガニックな石鹸や洗剤、アロマ系のものもありましたし、新しい潮流を捉えられているという印象を受けました。

ーTRANOÏで感じられたようなディレクション力については、どう感じられていますか?

パリのTRANOÏとは異なる形で、東京独自のきめ細やかなディレクションが感じられます。例えば、ブースのつながり。ただ並んでいるわけではなく、これのあとはこれ、そのあとはこれといった感じで、並び方にストーリー性を感じました。基本に忠実な日本人の国民性もあると思いますが、会場全体の統一感が出ていると思いますし、だからこそ、TRANOÏ TOKYOは成功を収めているのではないでしょうか。


ーこれまでのTRANOÏ TOKYOで、特に印象に残っていることを教えてください。

大阪のVOUTRAIL THE FASHION ACADEMY(元大阪文化服装学院)に在籍する5名の学生による5つのブランドの展示ですね。僕はこれまでも国内外で学生が作る洋服を数多く見てきましたが、VOUTRAIL THE FASHION ACADEMYの学生が作ったものは、学生だからとか若者支援のためとかは関係なく、レベルが高かったし、ここでもTRANOÏ TOKYOのディレクションを色濃く感じました。


ーどのような点が優れていたのでしょうか?

現在のようにモノがあふれた世の中にあっても、一歩、二歩踏み込んだデザインやハンドクラフト性は、TRANOÏ TOKYOのやりたいこととも合っていると思いましたね。日本でなければできないような職人的な技など、オリジナリティを大事にしてアクセルを踏み込んでいる感じは、今、ビジネス的にも業界全体を見渡した時にも、最も可能性を感じます。例えば、3月に若手デザイナーの登竜門として知られるLVMH PRIZEが行われました。僕も13年間審査員をやってきている、特に優れた若手ファッションデザイナーの才能を表彰するもので、今年のキーワードはハンドクラフトとクチュール性、その土地に根ざしたカルチャーでした。今後はそのような要素を感じられるブランドがTRANOÏ TOKYOでも増えていくと思います。


ーTRANOÏ TOKYOの特徴のひとつであるコラボレートイベントに関しては、いかがでしょうか?

Ofr.Tokyoのイベントはよかったですね。Ofr.はパリに行ったら必ず立ち寄るアートブックを扱う書店で、日本に彼らのパートナーができたことが驚きでしたし、TRANOÏ TOKYOでポップアップをやられていたことも嬉しかったです。パリのOfr.には奥に小さなギャラリーがあって、そこで雑誌「STREET」や「FRUiTS」の写真展を行っていたりします。海外の人が最も評価している日本のファッションは両誌に載っているような世界で、そのあたりをTRANOÏ TOKYOでもうまくキャッチアップして、ストリートファッションの写真展イベントなどを行ったら、すごくおもしろいと思います。


ーバイヤーをはじめとする来場者にとって、TRANOÏ TOKYOでしかできないことがあるとすれば、それはどのようなことでしょうか?

僕はものづくりの現場が好きなのでさまざまな地方も訪ねますが、例えば、東北に縫製工場があって、関西に生地屋がある場合、それらを回るだけでも大変です。でもTRANOÏ TOKYOの会場に行けば、全国からデザイナーやファクトリーなど多様な出展者が集まっています。それはプロにとって必要なファンクションが集まっているということ。だからモノをつくる人にとっても、自分たちの製品や技術を売り込みたい人にとっても、よい機会になるはずです。例えば、デザイナーであれば、良いファクトリーと出会えるかもしれませんし、プロ同士の偶然の出会いから良いケミストリーが生まれることがかなりあるでしょう。TRANOÏ TOKYOとしてもそのような出会いが生まれやすい工夫をしたらいいと思いますね。


ー日本の服づくり、ものづくりのプロフェッショナルが一堂に会する機会はなかなかないですよね。

世界的にみても貴重で重要な場になっていると思います。というのも、今は海外でもメイド イン ジャパンが人気です。フィレンツェで開催されるメンズファッションの展示会、Pitti Uomoでも注目を集めていますし、パリコレに出展している日本のブランドはほとんどがメイド イン ジャパンだと思います。日本の工場や職人でなければできないことがたくさんあるんですね。そこをTRANOÏ TOKYO側でも意識したほうがいいと思いますし、さらに今後は、例えばタイやマレーシア、インドネシアなどに残っている伝統的な技術や技法を、今の時代に合った見せ方やアレンジメントでエディティングできたら非常にいいと思います。


ー国内の地方を拠点とするバイヤーが、TRANOÏ TOKYOを訪れるメリットはどのようなところにあると思われますか?

海外の展示会に行くことを考えたら、東京のほうが費用も抑えられますし、世界中からブランドが集まるTRANOÏ TOKYOであれば、海外の展示会以上のものが見られます。言語の問題もありませんから日本語でビジネスができます。海外からの出展者との商談の際は、通訳の方もいると伺っていますので、語学が苦手な人でも大変心強いと思いますね。


ーTRANOÏ TOKYOをより有意義な場や機会にする秘訣があれば、教えてください。

TRANOÏ TOKYOではこれまでにアフリカやジョージア、サウジアラビア、コロンビアなど毎回どこかの国や地域にフォーカスした展示も行っています。特にバイヤーはその国や地域について下調べをしてから来場するとより有意義な時間になるはずです。例えば、前回(第4回目)の開催ではルーマニアをフィーチャーしていましたが、事前に国の概要はもちろん、EUの中で服の生産拠点になっている国のひとつであることなど、さまざまなことをインプットしておくことで出展者とより深い話ができますし、仲良くなりやすいはずです。予備知識があることで得られるものが何倍にも増えると思います。


ーTRANOÏ TOKYOをより素晴らしい展示会にするために、主催者側としては今後どのようなことを意識すればよいと思われますか?

ファッション業界に携わる人間としても個人としても、今後はファッションが浮世離れしたものになっていくのは、ありえないと思っています。人々に理解してもらったり、共感してもらったりするためにも、環境の問題や、次世代、次々世代にどういう地球を残すのか? そのようなことに対して、ファッションの集合展示会というプラットフォームを使ってなにか意義のある提案ができれば、非常に影響力があると思いますし、日本のブランドやファクトリーであれば、それができるはずです。TRANOÏ TOKYOのさらなる発展を楽しみにしています。

About

栗野宏文

1953年生まれ。1989年に重松理氏らとUNITED ARROWSを設立。常務取締役としてさまざまな業務に携わる。現在は上級顧問クリエイティブディレクション担当を務めている。また、若手ファッションデザイナーの登竜門として知られる「LVMH PRIZE」の外部審査員やBOF(ビジネス・オヴ・ファッション)のメンバーに選ばれるなど、国内外で活躍。2021年には新会社HUMANOSの共同創業者兼アドバイザーにも就任した。著書に『モード後の世界』(扶桑社BOOKS)があり、同著は韓国と台湾でも出版されている。